がん教育に願うこと
2020年4月より、小学校を皮切りに、「がん教育」が全面実施に向かいます。スキルス胃がんで夫を喪った遺族としての立場と、教員であった経験から、がん教育への想いを書いてみたいと思います。
あの時に感じた孤独
夫は毎年がん検診を欠かしませんでした。51歳の時に要再検査となりましたが、診断は胃炎でした。1年経ち、余命とともに夫のスキルス胃がんを告げられました。胃がんと言うと「食べ物に気を付けていなかったのではないか」「ストレスがあったのではないか」と言われてしまうことが多く、夫をがんにしたのは私なのだと苦しみました。「どうして手術できないところまで放っておいたのか」とも言われました。検診をしても、スキルス胃がんのように、早期発見が難しいがんもあります。いろいろ聞かれることで人に会うのが辛くなり、夫も私も人を避けるようになっていきました。
知ることが理解に繋がるように
スキルス胃がんは、AYA世代(Adolescent&YoungAdult・思春期・若年成人)の発症が多いことも特徴です。検診の対象年齢ではなく、精神的なもの、または悪阻だと思い、見逃された例もあります。そして、非常に悲しいことですが、遺族が「あなたのせいで」と周囲のやり場のない哀しみの矛先を向けられてしまうことも珍しいことではありません。がんに関する誤解を解消したいと思い、患者家族のみならず、周囲の方にも胃がんへの正確な理解を届ける必要を感じたことが、昨年の全国胃がんキャラバンへの挑戦に繋がっています。
理解は、まず相手を知ることから始まると思っています。がんを体験した人に触れることは、自分や、自分の周囲にも起こりうることとして、がんを考えるきっかけになるでしょう。がんに対する誤解をなくすことは、がん患者家族を取り巻く環境を改善すると共に、理解した人の生きる力に繋がると考え、がん体験者の外部講師の役割は大切であると思っています。
がん情報の見極め方
がんを告げると、私たちのもとへ周囲から、書籍やサプリメントが届くようになりました。苦しんでいる人に、何かできることはないかとの「善意」から届けられたものです。夫を助けたい一心で、私は、万に一つの可能性にかけ、全てにすがりました。結果的に、それが夫の心身の負担になりました。私が、講演で自分の失敗をお話するのは、自分も同じことをしてしまうかもしれないと感じ、正確に知ることや情報の見極めの大切さへの気づきに繋がることを願ってのことです。
「動物実験で効果」「教授推薦」という言葉へ、一般の多くの人が信頼を持ってしまうことに課題を感じています。今や、誰もが発信者となることができ、「シェア」で流布することもできてしまう世の中です。一見良さそうなことを、善意からシェアすることが、誰かの命を左右するかもしれないという情報へのリテラシーを持つことも、現代を生きていく上で必要な力であると考えています。
社会全体が知る必要
人は社会の中で生きています。がん患者が抱えている生きづらさは、学校・企業・地域など、周囲の理解によって、改善に向かえると考えています。社会全体にも知る機会が大切であると考え、自分たちが街に飛び出し、その経験を日常の中で発信しようという取り組みを、2年前から行っています。活動名には「グリーンルーペ」という名前をつけました。緑は虹の真ん中の色です。中立・調和という意味を持つ「グリーン」に、もっとがんをよく知ろうという思いを「ルーペ(虫眼鏡)」にこめました。ショッピングモールや街中に飛び出してのイベントには、通りがかりの多くの方が足を止め、参加してくれました。がんが身近にない人がセミナーに参加するのは稀でも、日常に知る機会があれば、がん情報へのニーズは高いと感じています。これからも発信の可能性を広げていきたいと思っています。
授業をすることに怖れを持ってほしい
何回か、がん教育の参観の機会をいただきましたが、遺族である立場には辛い内容もありました。授業を受けている子どもたちの背景も様々です。研修やeラーニングが「修了」という意識になるのではなく、常に立ち返るものであってほしいと願います。
授業が終わった後、そっと外部講師に近寄っていく子どもがいました。思わずからだが動いたのだと思います。今すぐに言葉に表せなくても、将来、何かに出会った時に、その子の心の引き出しから、がん教育で感じたことが生きる力に繋がっていくといいなと願っています。
轟 浩美
胃がん患者家族会認定NPO法人希望の会理事長
1962年東京都生まれ
お茶の水女子大学卒
1986年~2015年まで、学習院幼稚園教諭
胃がん患者家族会認定NPO法人希望の会現理事長
グリーンルーペプロジェクトの発起人代表
2017年10月~2019年11月厚生労働省がん対策推進協議会委員
日本医科大学臨床研究審査委員会、中央倫理委員会委員
厚生労働省人生会議国民向け普及啓発事業評価委員
スキルス胃がんで夫を亡くした経験から、情報の大切さを痛感し、希望の会、グリーンルーペを通じ、発信を行っている。
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